2006年11月15日
現在地の確認
デパートの売り場も、テーマパークに遊びに行ったときも、初めて行く場所では案内図が役立ちます。
むしろ、初めて行く場所では案内図を探しませんか?
案内図から大切な情報が得られます。
ひとつは目的地。
もうひとつは・・・
「現在地」です。
目的地と現在地を確認することができて、迷わずに行き着くことができるのですね。
では、マイホームを初めて建てる人にとって、現在地と目的地はどのように考えたらよいでしょうか?
目的地は、「快適で長持ち、家族の憩いの場であって、外観上も愛着が持てる家」
大体皆さんこんな目的が中心になるのではないでしょうか?
個人個人の事情によって、多少の違いはあるとは思います。
じゃあその次。
そのためには何が必要かわかりますか?
「お金」
「時間」
「知識」
「熱意」
目的を持たない「単なる買い物」的な住宅購入の場合は、「知識」も「熱意」もいりません。
「好き嫌い」と「払えるかどうか」の判断だけで購入できます。
しかし、目的を持った住宅購入となりますと、この「知識」と「熱意」が大切になってきます。
なぜか?
旅行に例えましょう。
行き当たりばったりで旅行に出かける人もいます。
バラエティ番組さながらの偶然性とハプニングを求めるならば、それも良いでしょう。
しかし、失敗してはいけない条件で旅行に出かけるとしたらどうでしょう?
地図やガイドブック、経験者の話。
それらを総動員して計画を立てませんか?
住宅に例えるとわかりますか?
失敗しても買い直しが効きませんので、皆さん慎重になりますよね。
そう、まさに失敗できない買い物なのです。
それにも増して、旅行との大きな違いがあります。
なんだかわかりますか?
旅行は今住んでいる所が出発地点ですので、目的地までの順路を簡単に把握できます。
マイホームの計画においての現在地を考えて見ましょう。
自分自身のことがわかっていないと、何から手をつけてよいものかもわからないと思いませんか」?
支払能力だけを確認して、自分の物差しで計って「好き嫌い」で決めていく。
それも悪くはありませんが、そこにリスクが潜みます。
一時の熱病のように家が欲しいという気持ちだけで、人生設計において、あまり必要ではないのに住宅を買ってしまうかもしれません。
家族の問題が10数年後噴出するのを見落としているかもしれません。
資産価値がどんどん下がる一方なのに、耐久性の低い住宅と知らずに決めようとしているのかもしれません。
自分を分析することが、目的を持ったマイホーム購入の計画において、大切な要素になるのです。
どの位の知識を持っているか?
その知識は正当なものか?
(自分が最初に知った知識を盲信しやすい人は要注意です)
人生の計画上、購入は妥当な計画か?
投資効果として妥当な住居費に収まっているか?
などです。
特に、生涯の収支計画において、住居費の配分を確認しておくことがとても大切です。
4000万円借り入れたとしまして、実際に支払いするのは、現在の固定金利でも35年払いですと7000万円近くなります。
それが自分たちの人生計画において、妥当な金額かどうかの分析も必要です。
それらの分析や確認が、現在地と目的の確認と置き換えても良いでしょう。
おのずとそれを満たしてくれるマイホームの形態が浮き彫りになります。
新築が良いのか?
中古でも良いのか?
マンションが良いのか?
それとも、別なことにお金を使った方が、人生が充実するのか?
それは、分析してみないとわかりませんが、分析の手法があるのです。
お金だけですと、生命保険会社のライフプランなんかを参考にすれば良いでしょう。
しかし、人生設計となりますと、個人の価値観や思考パターンが大きく影響します。
そのような背景も含めて、総合的に情報を提供するのが、マイホームコンサルタントのソリューションサービスです。
知識の面では他にない情報を提供できますので、ご関心がある人はお申込下さい。
あっ、宣伝になってしまった。
建築会社は仕事が欲しいので、自分の会社の商品を目的地にするように提案してきます。
当たり前ですよね。
最初からその会社の考え方や、商品に興味を持っていくのであれば、そのまま進めたらよいと思います。
しかし、人生におけるリスクマネジメント面から見た場合、対策が不順分になる可能性もあります。
現在地と目的地をしっかり確認しましょう。
初めての家作りは、未知の世界への冒険のような一面を持っています。
充分な調査と自己分析で、成功の確率を高めることが可能になるのです。
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- by
- at 10:54
コメント
なるほど現在地と目的地。
すご~く分かりやすかったです。
すぎおかさん!
それだけ分かっているんだから、僕の現在地
「教えてくださいよ~」!
ある人が言っていました。
悟りとは、崇高なる者だけが辿り着く境地ではない。
自分の心の存在をはっきりと認識出来た段階が悟りで、その自分のこころの雑草を一本残らず抜ききった状態が、悟りの境地である。
僕は悟りと言う言葉に、なんら魅力は感じませんが、偶然とはいえ心の存在をはっきりと認識できるに至った事は、幸せに思います。
捻じ曲がった自分を矯正できますから。
ただ、最後は自他ともの幸せに向かっているのは分かりますが、腹をくくっていないと「本当に難しい」ですね!
正直、自分に折れそうになる時がありますよ。
あ~いかんいかん!!
自分に負けたら誰に勝てるというんだ?
人には勝てないから、自分にだけは負けたくない、
葛藤大好きのちしおちゃんでした。
hiroさん
お客さんとの打ち合わせで、考えをまとめるときにもこのトークを使えますよ。
今度やってみてください。
「一度自分の位置を確認してみましょう」とか言って。
ちしおさん。
ランクルのナビで確認するのが一番早いですよ。
冗談、冗談!
ナハハハ
悟りにも深さがあり、井戸を掘るようなものだと思っています。
それぞれに出てくる水はあるけれど。
深いほどうまい水が出てくる。
「私の体、私の心、私の命」
「私」が主で、他のものは全て「従」
体も心も命も主体ではないのですね。
であれば、私とはなんぞや?となるわけです。
心に囚われると、主たる本質が見えなくなりますよ。
しょっちゅう心に囚われてしまうすぎおかでした。
そこにあるのは「解釈の違い」だけ。
それを忘れないようにしています。
あした、ランクルのナビで確認します。
もしかしたら・・・
わかるかも・・・?
あ~すぎおかさんと付き合っていたら
「頭がおかしくなってきた~」!
うーん これは説得力がありますねぇ。
確かに言われてみると、だんだんお客さんが自分の位置を忘れる、間違えだす、無意識的に考えないようにするってことがよくありますものね。
非常に勉強になりました。
ちしおさん
混乱させて申し訳ありません。
本質の話になりますと、真理とかそういう話になってきます。
そうなってきますと、どんなに議論を尽くしても理屈を並べても証明できないんですね。
例えば「重力」の話しひとつでも、人類は何一つ証明できないのです。
なぜ、物をひきつける力があるか?
証拠はあるんですね。
りんごが木から落ちる、ですとかね。
でもなぜ引力があるのか、重力があるのか証明できる人はいない。
あまりにも精緻で、根源的なために、文字や数字で表現することができないのです。
それがどのようなエネルギーと持っているかの計算はできますよ。
しかし、なぜそれがあるのか?について数式で答えを出すのは不可能です。
「重力」で話をしましたが、「愛」も同様です。
愛と読んでいる意識というか、思考というか、存在はありますよね。
でも、それが何なのかを議論しても答えが出ない。
これらは議論することではなく、自分の中に見出でるように感じることが大事だと思うのです。
感じ方を学ぶことが大事なのだと思うのです。
要するに考えすぎてはいけないと思います。
考えなくてもいけませんが、「考えても答えが出るものではない」のを確認するまで出やめるべきです。
人を大切にすることや、命を大切にすることは、知識や法律で行うべきものではありません。
宇宙や自然、自分を生かしめるものへの感謝も同様です。
道徳的な生き方は数式や知識で振舞うものではなく、感性的なものだと思うのです。
つまるところ自分の感性を磨くしかないのでは?
と私は思います。
自分に勝利する。
いいですね。
自分との約束をなかなか守りきれないすぎおかでした・・・未熟。
kumaotokoさん
共感していただきましてうれしいです。
打ち合わせをしていると、他者の情報を鵜呑みにして、本来必要でないものまで含めた計画に膨らんでいったり、言ってたことと違うものを求めてくることがありますよね。
そのまま、暴走しますと間違いなく失敗するのですが、吹き込まれた情報を否定してしまうと、気分を悪くすることもあり、伝え方がとても難しいですよね。
「最初に聞いていた要望から変わってきていますが、このまま進めていいですか?」
とナリュラルに確認するようにしていました。
本来、絶対的な価値観で住宅は考えるべきだと思います。
しかし、情報量が多くなると、安い物、見栄えの良いものに目移りします。
そうなると本来の目的とは違う、比較して良い所だけを取っていく方向に走り始めます。
これらは相対的な価値観です。
結論が出るまで比べ続けて、自分も業者もへとへとに疲れてしまいます。
「結論が出ました」
と本人は喜んでいるのですが、単に比べたものを寄せ集めたに過ぎないため、「こういうものにしたかったのではないのでは?」と指摘したくなるような痛い結果になっていることもあります。
見てみぬ振りはできませんが、お客さんのプライドを傷つけないように案内するのは永遠のテーマですね。
いや、やめません。
体で感じる部分・思考で考える部分・こころが感じる部分。
自分の中で、はっきり区別してみたいのです。
最近は、「言葉」の概念を取り外す。
と言う事に、異常なまでに嵌っています。
いわゆる、「マイブーム」と言うやつですね。
面白いです、本当に面白い!
僕って「頭おかしい」んですか?
頭悪いんですか?
ちなみに自分では「普通すぎて怖い」と、思ってますが、
人に言われる事を、まとめると「普通じゃない」となってしまう。
今日も普通なちしおでした。
完全に識別できると聖者と呼ばれますよ。
ヴィヴェーカ(識別)
アーナンダ(至福)
ヴィヴェカーナンダ、識別による至福の名を付けられた聖者は、インドでは子供でも知っている有名人です。
(すでに亡くなって久しい方です)
区別も究極まで行くとそのようになるのかも。