2006年11月20日

一生に一度の買い物

日本ではマイホームは一生に一度の買い物です。

比べて欧米では5~6回の住み替えが当たり前です。

なんでこんなに違うか知っていますか?

今日もワンクリックをお願いしま~す。
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日本では買った家の値段は、本人の名義になった瞬間から下がり続けます。


土地の値段は上がることもありますが、建物は下がることがあっても上がることはありません。


ですから、3,000万円で買った家が、1年後には2,000万円で取引するのが精一杯ということがざらになっています。


そんな訳ですから、一度買った家を手放すときにかなり足が出てしまいますので、おいそれと買い換えることはできません。


比べて、欧米ではライフスタイルが変わるごとに買い換えていくのが一般的です。


結婚した時。


子供ができた時。


仕事を変えた時。


子供が独立した時。


節目節目に合った住宅を求めて買い替え続けるのが普通です。


日本との大きな違いは、買ったときとそう変わらない値段で取引されるのが一般的だということ。


場合によっては買った時以上の値段で取引されることもあります。


このような背景の違いには、理由が二つあります。


ひとつは耐久性の違い。


北欧に端を発するパネル住宅(2×4も含む)が、一般に100年以上の耐久性が期待できること。
さらに、雨量の違いによる腐りづらさが耐久性の違いになって現れています。


もうひとつはメンテナンスの文化の違いです。


メンテナンスはその家のお父さんがするのが普通です。


年頃になると息子にも手伝わせます。
その息子も手伝いを通して家の手入れの仕方を身につけて行きます。


メンテナンスをするのはバカンス休暇の一部を使うのが一般的です。


3週間の休みのうちの1週間を家の補修に当てて、家の傷んだところを直してしまうのです。


遠目にはきれいに見える住宅が多いのですが、近景の写真を見ると、結構素人仕事の日曜大工で仕上げた様子が見て取れます。


塗装ははみだし放題。


細かいところは隙間が目立ったりなんて茶飯事です。


しかし、遠めに見ると全然気にならない。


程度の良し悪しはあれど、誰にでもメンテナンスできる住宅の作り方をしているのも特徴です。


1軒1軒何から何まで仕様が違う日本の住宅。


似たり寄ったりで、誰もが内容を推察できる欧米の住宅。


前者は「このやり方はうちにしかできませんから」という高慢な建設会社を生み出しました。


後者はみんなで維持できる住宅環境を育んできました。


結果、日本では個人主義とも言うべき住宅文化と、住宅ローンの期間にも満たない耐久性に甘んじた、資産価値の低い建物を量産することになっています。


比べて欧米では、社会資産として価値ある住宅を、市民が維持する文化が根付いています。


私は個人的に文化に優劣をつけるのは好きではありません。


しかし、こと住宅問題に関しては違います。


日本の文化は欧米と比べて200年くらい遅れた感覚を持っています。


日本では住居費にかかりすぎるため、いつまでたっても暮らしが豊かになりません。


GNP世界2位とか言われても、生活に余裕がない家庭が多いのはなぜでしょう?


住居費にかかりすぎているからです。


今すぐには無理ですが、これから30年、50年、100年かけても、住居費にかかり過ぎる生活文化を変えていく必要があります。


個人主義の住宅から、社会資産的な価値観を持った住宅文化にシフトしていかないと、子供たちがいつまでも住居費にお金を掛け続けることになります。


自分さえ良ければいい。


自分が生きている時だけ持てばいい。


そんな発想で住宅を建てるのは、法律上は違法でなくても、道徳的には問題だといえます。


今までの建設業界の売り方は、個人の欲求を満たすことを目的としていました。


今後は社会的感覚も含めた住宅の購入計画にシフトしていって欲しいものです。


アメリカンインディアンの教えの言葉。


「この世界は未来の人からの借り物だ。きれいに返さなければならない」


汚しっぱなし、壊しっぱなしで後は知らん。


そんな評価を未来にされないように、住宅業界は意味のない競争をやめて、共同で取り組まなければならない時期に来ているのでは?と思うのです。


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コメント

はじめまして、ランキングからクリックさせてもらいました。

うーーん、おっしゃる事はその通りだと思う半分、そうではないのでは?というのが半分です。

確かに日本は建築費がかかりすぎです、そして耐久性にも問題があります。
住環境の生活文化を変える必要があるのは仰るとおりだと思います。

ただ日本と欧米(特に北欧)では自然環境も含めかなり条件が違うのではないでしょうか?
・四季や日照時間そして地震
・住居地における実質的な人口密度、面積
・明治維新・終戦後の急激な発展、西洋化
・国家としての成り立ち、社会文化

例えば今の日本で30年前の家にどれだけの価値があるでしょうか?
ウォッシュレットもパソコンの配線、生活導線、バリアフリーetc
消費者が踊らされてる面もおおいにありますが単純には比較できない面があるのではないでしょうか?
国家における第二次産業の位置づけと数百万とかたや1億数千万の国家と同列に語るのはどうなんでしょうか?
エラそうな事を言って失礼しました。

  • モップモップ
  • 2006年11月26日 00:22

モップモップさん

コメントありがとうございます。
かなりの量のブログを通して、双方の一般的な比較をしてきましたし、これからもしていこうと思っています。

私が一番問題だと思っているのは、日本のマイホームは一生に一度の買い物と言うほどお金がかかるのに、一生使えるほどの耐久性がない点です。

日本に足りない視点を、海外の良い例を参考に改善できれば良いだろうと思っています。

これからも自由にコメントしてくださいね。

正直ご返事はないだろうと思ってましたので、頂いて下さってありがとうございます。

>私が一番問題だと思っているのは、日本のマイホームは一生に一度の買い物と言うほどお金がかかるのに、一生使えるほどの耐久性がない点です。

ただこの部分は日本の地形や自然環境、歴史が一番の要因ではないでしょうか?
一見、欧米は素晴らしい片や日本はという事になりますが、それらを考慮すればそうでもないと考えています。
それと難しいのは業者だけでなく日本そのものが西洋化してる事ではないでしょうか?
今までの概念や歴史を無視して海外の方が優れてると思う人が多いと思います。
また家の価格についてはやはり自分達がぜいたく過ぎるんでしょうか、それこそ20年前のレベルの作りでよければ相当なコストダウンになるでしょうし。

おっしゃるように耐久性に関しても特に最近は疑問符が付くような商品が増えたと思います。
小さい頃は程度の悪いものの多くありましたがモノづくりとしてのプライドを感じる商品も多くあったように思います。
ですが最近はコンピューターの発達によってより正確になり、数値が明確になるので「数値(基準)さえ達成すればいい」とか、商品をいかに安く買うかなどに目を奪われる人が増えました。
業者間の人のつながりよりも業者は相見積りで競争させて買うのが当たり前、同じ商品や同等であればいかに安く買っても特に問題はないし正当なやり方だと考える人も多いと感じます。

確かに「その時」は安いですし、物が同じであれば品質は同じか同等かもしれません。
がしかし明らかに「いいもの」は減ったような気がしますし、「いいもの」にこだわる業者が減りました。
なぜなら、安く買う為に目に見えない価値や文化を犠牲にしてるからです。

今時、商品や素材などでこれはいいと「惚れ込んで」仕事をする人は珍しくなってきました、またなかなかやりずらい世の中になってきてます。


なかなか難しい問題ですね。

  • 2006年11月28日 00:40
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