2006年12月10日
イエスは大工
ずいぶん貧乏な大工だったらしいと伝えられてはいますが、実際はどうだったのかよくわかっていません。
空白の期間があって、その間どこに行っていたのか史実には残っていません。
でも、伝説の聖者が建築関係だったというのは、同業として何かうれしいですね。
空白の期間について、いろんな研究家が推論を展開しています。
みんな微妙に違うみたいですけど・・・
本当のところはどうなのでしょうか?
ヒマラヤの奥で修行を行ったという文書がインドには残っていたという話を聞いたことがあります。
「ゲッセマネの祈り」なんかは「バクティヨーガ」そのものですから、ヒンドゥー形式の修行をしていたとしても少しも不思議ではありません。
(ごめんなさい、ほとんどの人わかりませんよね)
過去のことはどのようにしても証明不能。
ロマンを感じて語り合うしかないのかもしれません。
ところで、イエスの役割の完成にはユダが必要でした。
裏切り者の代名詞になってしまったユダでしたが、イエスから直接成すべき行為と、その意味を諭されていたのですね。
それがナショナルジオグラフィックから本になっております。
読みましたが・・・
泣けました・・・
ユダのキリストに対する愛。
キリストのユダに対する愛。
後の人類のために、自分たちが成すべきことと、そのためにあえてユダが汚名をかぶらなければならないこと。
わかっていてなおも神の意図の完成のために役割を果たすこと。
究極の師弟関係を読み取ることができるのです。
「すげぇ・・・ユダ・・カッコ良過ぎる」
これが私の感想。
ユダのイメージが全然変わってしまいました。
福音書の内容が事実かどうかはわかりません。
しかし、愛を感じるのです。
その言葉から。
愛情ではありません、愛です。
すごい・・・
ユダがいなければキリストの復活も無かったわけで、
裏切りと見える行為も、神の計画を完成させるための必要なジグソーのピースのひとつであったことがわかるのです。
人に害を与える人間も、大きな目で見ると気付かせてくれる悪役を演じているに過ぎないのかもしれません。
自分の了見で決め付けずに、大きな視点で生きたいものです。
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- at 09:00
コメント
「イエスが大工」・・・
知りませんでした。
でも聖書にはすごく興味があるんです。
でも僕には理解不可能だと思ってます。
でも読んでみたいんです。
イエス・キリスト
僕が今、一番興味ある人です。
ちしおさん
インディジョーンズでも取り入れていたネタです。
作中、ジョーンズが聖杯を選ぶときに、数ある中から選んだのが木で作った聖杯。
これが正解だったのですが。
結構知られていると思っていました。
弟子たちが文盲であったため、直接言葉の記録が残っていないのが残念ですよね。
ギリシア語で書かれた新約聖書が初版だったらしいですから・・・
(うろ覚え)
時の勢力に利用されるために、内容の改ざんや勝手な解釈も横行したみたいですし、残念でなりません。
お釈迦様はたくさんの字の書ける弟子がいたために、言葉がとてもたくさん残っています。
ユダの福音書みたいな発見がこれから先にあるのでしょうか?
神様好きな人には垂涎もののツールですね。