2007年01月04日

愛ある生き方

愛とはなんでしょう?

ほとんどの人は「愛とは何か」を教えられて育ちませんでした。

愛とは何かを知ることは、とても人生においてとても有益です。

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家族のためなら、いろいろなことを喜んでする人は多いでしょう。


それらを家族愛と呼びます。


家族に限定される愛。


好きな異性のためなら、損得抜きで頑張れる人もいます。


これは異性愛といいます。


友達のための愛は友愛。


生まれてきた国を愛するのは愛国心。


対象があって、「愛」という文字がくっつく。


これらは限定された愛。


対象とはあなたの五感で認識できるもの。


姿だったり、個性だったり。


それらの物的性質が、あなたの好みに合ってる場合に限り、あなたが愛することが出きる限定的な愛。


家族愛。
異性愛。
友愛。


質問させてください。


あなたにとって好ましくないことをされても愛し続けることができますか?


もしも「できないかもしれない」と少しでも思ったのであれば、それは本物の愛とはいえません。


愛は絶対的、一方的な意識です。


相手がどうであれ、事実がどうであれ、絶対的で一方的な愛は揺るぎません。


ただひたすら、愛し続けます。


それは太陽のようです。


太陽はあなたが自己中心的になっても変わらず照らし続けます。


あなたが人を傷つけても照らし続けます。


あなたが人の信頼を裏切る失敗をしてしまっても愛し続けます。


あなたがどうであろうと、何をしようと、他の人と同じように愛し続けるのです。


それと同様に。


他の失敗や罪を犯した人も愛しています。


与え続けています。


太陽のように愛せることがいかに幸せなことかを、知ることが大切です。


もしも知ることができたら、理解したいと望むようになるでしょう。


せっかく知ることができても、あなたのエゴは理解させないように、あなたの関心を他に向けます。


なぜなら、エゴは自分が消されるのを嫌がるのです。


エゴに囚われてはいけません。


太陽に目を向けるのです。


あなたの中に命という太陽があります。


命はあなたが幸せになろうと努力し続ける限り、必ずあなたを照らし続けます。


他の人の体や心を傷つけると、自分の周りにイベントを起こして、それが罪であることを気付かせるのも命の力です。


それは愛ゆえの因果です。


あなたにも、他の人にも、命は平等に宿っています。


自分の命ばかりを大切にして、他の命が宿っている体や心を傷つける行為は、あなたにその行為の意味することを気付かせるためのイベントを起こす原因となるのです。


自分の命を大切にすることがまず第一。


それができるようになれば、人の命を大切にできるようになります。


人の命は自分の命とひとつなのです。


そして命は全ての元です。


命が心や体の主なのです。


命は与え続けていませんか?


あなたの失敗を許し続けていませんか?


心や体が好き勝手に振舞っていても、命は限度を超えるまでは許し続けています。


まるで太陽のように。


愛は命、命は愛。


全てを生かしめる力。


与え続け、許し続ける存在。


まわりの姿かたちに囚われず、自分が愛を持っているかどうかにだけには執着する。


それができたら死ぬまで幸せ。


いつ死んでも後悔しない生き方。


命を大切にした、愛ある生き方とはそれほど素晴らしいものなのです。


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コメント

愛ですか。
正直、僕はわからんです。
でも「感謝する」「許す」「分かち合う」と言うのがキーワードだと勝手に思ってます。

そう言えば、年末の大掃除の時にトラックを洗うときに「トラックちゃん、今年もよくがんばってくれたね。君がいっぱい運んでくれたんで本当に助かったよ。君がいなければ大変だからね・・・」
手押しカンナを掃除するときも「君はほんと有能だね。君のおかげでどれだけ助かっていることか・・・」って妄想?しながらやってたら、ほんときれいに気持ちよくできたっす。
このときにsugiokaさんのブログで「感謝」することの大切を読んだことを思い出しました。

ちしおさんの教えてもらった「タバコとライター」の話もこれに近かった。

んー、感謝最高。

そして、笑顔のかわいい我が子を見るたび、貧弱な僕のジュニア?に「最近、ご無沙汰でごめんね。君がいなければ・・・、今度久しぶりにへ○スでも・・・」って感謝するのでした・・・

なんだ、最後は結局下ネタか・・・

愛 かあ。

ギブ・アンド・ギブ。何も帰ってこなくてもギブ。

できるようでできません。

見返りを期待する自分が頭をもたげます。

愛かあ。

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たぶん...
なにをされても憎めない...我子愛?
何かあれば怒るけど絶対憎むことなどない。
愛しくて愛しくてきっと何かあって離れてもずっと応援し続ける。
これも

でいいんですよね。

  • 2007年01月05日 01:10

僕はまだ100%実践する事は無理です。
低次の自我を持ってますから。
でも100%理解はしています。
やはり、理解して努力し続けると、少しづつですが、そのようになっていくもんです。
このように書くと、「わからない」となるかもしれませんが、理屈自体は簡単な事です。
何も返ってこないから、気にいらないから、と言って嫌いになっても自分には何もプラスにならない。
嫌いな人を作っても、自分にマイナスになるだけです。よく考え許し、好きになってしまった方が自分も楽に、幸せになっていきますからね~。
まず、好きと嫌いの構造をよく理解するところから始まっていくんじゃないですか。
僕は本当に少しづつですが、克服しつつありますよ。

えっ?

何がって?

もちろん、低次の自我です。

いろんな答えがあると思いますが、これが「愛」です。と言えない内は本当の「愛」ではないのでしょうね。

私は知っているだけ。
まだ、わかっていません。

ですから皆さんのコメントにも、回答を出すことができないのです。
愛ある生き方を目指す。
何かトラブルがあったときには、自分の中に「愛」があったかどうか反省する。
そこからのスタートで良いのだと思います。

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