2007年01月28日

改良≠進歩

技術は進歩したという。

しかし、必ずしも改良されたとはいえないと感じるのはなぜだろう。

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100年前を現代を比べてみると、科学技術の進歩は目覚しい。


100年前にはなかったものがどれだけこの世の中にあるだろう。


各種石油製品、食品添加物、樹脂製品、電子部品に電化製品、ナノテクノロジー、原発に核兵器。


これらの科学技術の発展を、人類は「進歩」と自ら賞賛した。


以前作れなかったものが、今は作ることができる。


それは間違いなく科学技術の進歩と言えるだろう。


しかし、人類は進歩しているとはいえないと思う。


相も変わらず、世界のどこかで戦争をしている。


餓死者も一日3万人を下ることはないという統計が出ている。


環境破壊は想像を絶する規模で繰り返されている。


オゾンホールによる紫外線問題や、温暖化による海水の水位上昇も現実味を帯びている。


これらは100年前には心配する必要がない問題だった。


ハンバーガーを作るための牛を育てるために森を焼き払って牧草を作る南米の人たちも、インドネシアの森林を伐採して水害になり、7万人も死んだ原因の可能性を指摘される日本企業も、100年前にはなかったのだ。


この100年で世界は激変した。


人類が誕生して5万年とも言われている。


科学技術はこの100年で劇的に進歩した。


しかし、5万年近く維持してきた環境を、わずか100年で自分たちが住めない可能性を感じるまで痛めつけてきた。


これは進歩とは言えない。


改良や改善とも言えない。


たった100年でこれほど調和が乱れてしまうほど、私たちは地球に負荷をかけてきたのである。


科学技術は進んだ。


しかし、環境に負荷をかけない範囲で活用するという自制心は足りなかったと言える。


そう思わざるえない現実を残念に思うし、自分にできることから環境に良いことはやっていきたい。


日本で言うと。


戦後404病と言われた病名の数も、今では20000を越すと言われている。


この現状を指し、改善、改良の結果ですと誰が認めることができるのか。


私たちの調和と維持に関する価値観は間違いなく廃れた。


それが退化か欠落かはわからない。


便利さや効率におぼれて、失くしたものが何かということを・・・


今一度探してみても良いだろうと思うのである。


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コメント

そうなんですよね。
でも、こんな便利で豊かな生活を享受している自分もいます。
今度の休みに
不都合な真実 を見に行こうと思います。

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