2007年03月22日
社長の死
お悔やみの欄で確認したが間違いないようだ。
初年度100棟の受注。
前人未到の領域を開拓したのは間違いない。
急成長に対するやっかみも相当あったのは事実だと思う。
華々しく活躍し、いろいろなところに引っ張りだこになっていた故人に対して、嫉妬していた人間も少なくないと思う。
噂も多かった。
噂は噂だが、事実もあったかもしれないが、そうでないものもあったと思う。
私自身、根も葉もない噂を立てられて迷惑している最中なので、とても他人事ではないのだが、本人の耳に入ったときの心境はいかばかりだったのか?
本人とは一度直接の面識があった。
T市で地元紙が主催するハウジングプラザという建売展示場の出展者会議において、故人と一度お会いしている。
向こうは支店長として、こちらは所長が用事で出られないため代理という立場でまみえた。
当然ながらこちらの印象など残っていないと思う。
会議の中。
イベントの企画を話し合う中で、出張動物園のアイデアが持ち込まれた。
「動物が子供に耳を引っ張られたり、毛を引っ張られたりするのを見るのが耐えられないんですよね」
この一言でアイデアは不採用となった。
並み居る50前後の支店長連中を前にして、40前の女性である故人の発言は大きな影響力を持っていた。
私にはその時の印象が刻まれている。
当時から人とは違う空気をまとっていたのは間違いない。
空気という曖昧なものではなかった。
人とは違う存在感を放っていた。
こちらの方が正しいかな?
「そうか・・・亡くなられたのか・・・」
連絡をもらったときにはなんか複雑な気持ちになった。
享年43歳。
死因は聞いていない。
活躍に応じた賛否両論はあった。
しかし、北海道から逸材が1人減ったのは間違いない。
今は冥福を祈るだけである。
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- at 20:11
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