2007年11月18日

復元不可能な木造建築物

法隆寺とか東大寺の大仏殿とか、日本には歴史的な木造建築物があります。


日本の建築物を勉強しに来る外国人もいると思いますが、新宿にある都庁に行くよりは、歴史的建造物を見に行く人の方が多そうですよね。
現代の日本の建築技術より、人をひきつける魅力が感じられます。

なぜでしょう?


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これらの建築物は、現代の建築士が束になって取り組んでも設計出来ないそうですね。
材料になる木材がないことが理由ではありません。
現代の技術で復元が不可能だと言われております。


計算処理は早くなったのに。
30トンの材料を持ち運ぶクレーンは開発したのに。
車両機器や加工道具もはるかに進化したのに。
大学には建築課までできていて、専門の勉強をしているのに。
それなのに復元不可能。
どういうことか分かりますか?


当時の伝統工法は口伝に近い形で技術の再現は職人の感性によるものだったと想像できます。
設計図なども一部に残ってはいますが、その図面を見てもその通りの建物を作れない程度の完成度の低さ。
どうやったら複雑な「貫(ぬき)」を多用して、1000年耐久の建物を作ることができたのかは、現存する資料から読み取ることは無理なようですね。


おそらくは棟梁が直感的に指示を出していったように思います。
もちろん基本的な設計思想はあったと思いますが、現場で必要な変更を指示する人間もいたのでしょう。
多少の図面が残っていても、再現できない背景にはそのような事情を推察することもできます。


当時の人たちは、恐ろしいほど直感が優れていたのではないか?と私は想像しています。
日本の伝統芸能や国宝に指定されるような技術のほとんどは口伝です。
師匠から弟子へ伝えるのに、紙を使わなかったのですね。
体に覚えさせ、感性を磨く。
これに徹しているのに気付きます。
体で覚えた技術や文化は、常に再現することが可能です。
大きかろうが、小さかろうが。
磨かれた感性は、その本質を再現することができます。


長屋であろうと、大きな建築物であろうと。
木の声を聞き「ココは足りないよ」「俺の使い道は柱じゃない、梁だ」とか。
そんな声さえ聞こえる例えができるほど、素材からのメッセージを感じ取っていたんじゃないかな、と思えます。
いろんな職人に共通して言えることは、それらの非科学的な感性を引き出せた人は、その道で一流と評価されていることが多い。
その道のことばかり考えているから、それは当たり前かもしれない。
人間には科学的に説明できない能力が間違いなく存在する。
そういう能力が、あのような世界最大の木造建築物を可能にしてきたのだと仮定するのは乱暴だろうか?


科学は進歩したと言うのが一般的な意見だ。
しかし、科学によってなくなって来たものもたくさんある。
人間の感性だけが再現を可能にしてきた伝統技術もその一つだ。
利便性と損得ばかりの習慣の中で、確実に減ってきたと言える。


口伝の伝承は時間がかかる。
一人前になるのに30年必要な技術もあるだろう。
そのような練熟によって、磨かれる感性があってもおかしくはない。


合理的な工事方法も新技術もそれはそれでいい。
しかし、効率ばかりを追い求め、何を失っていったのかに無自覚になったらどうするのだ。
宝箱の鍵をなくしたことにも気付かずに、表面的な技術に満足している状態になっているかもしれない。


道徳的なこともそうですよね。
一昔前ならなら「そんな恥ずかしい仕事できるか!」と怒鳴る職人がいたけれど、最近は言われたとおりに逆らわずに仕事をこなす人が多い。
保証の義務は10年だから、それ以降は多少おかしくなっても構わないという発注主さえいる。
気の利いた人間なら、そんな建物に手をかけたら名前に傷がつくと言うことで断るのだけれど、食べていくためにそういう仕事に手を染める会社もある。
恥ずかしいと思わない会社は、「法律を守っているから何も悪いことはしていない」と言う。


物づくりをする人間として恥ずかしくは無いのだろうか?
このような狂った社会が伝統の技術や感性を腐らせてきたことに自覚する人間はどれほどいるのだろうか?


「心意気や情熱など、何事も乗り越えて成功させる強い意志。道徳観に基づいた社会が調和する価値観を持たない者は、いかなる商業行為においても利益を出してはいけない」
こういう法律ができれば守るとでも言うのでしょうか?
いや、きっと守らないだろうな。
そもそも、法律を作らなければ人道さえ守らないというのであれば、終わっているのだ。
法律を守るための基本的な道徳観が人道と言える。
人道を大切にしない人間が「法律を守っているから何も悪いことはしていない」とうそぶいている時代が現代なのだ。


人道が大切にされていた時代。
磨かれた感性で素材と会話を交わしながら、現代で復元不可能な木造建築物を作った当時の職人。
なくしたものの大切さにいつになったら気付くのでしょう。


心意気とか、情熱とか、道徳観とか、人道とか。
法律の前に身につけなければならない価値観はいっぱいありそうですね。
私も精進します。


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コメント

復元が不可能なんですね。  
一度もそう考えずに 歴史的な建築物を見てきたので また 見に行きたくなりました。 

失ったものは たくさんあるでしょうね
未来の子供達に 未来はあるのでしょうか・・・

  • こうちゃん
  • 2007年11月19日 12:29

こうちゃん

数百年耐久してきた屋根を改修するのに、国立大学の建築学部の教授が出てきて、2億円だか3億円だかお金をかけました。
3年で腐り始めています。
日本チャチャチャ!
釘で止めて防腐剤を塗る方法では、きちんと治らないようです。
淋しくなってしまいますよね。

え~ そんなことって!
淋しすぎます!

  • こうちゃん
  • 2007年11月19日 13:13

随分、ごぶさたしております。
しばらく読み逃げしておりました
すみません・・・

「口伝」というのは非常に興味深い話ですね。
それに「感性」、難しい言葉です。

僕は実は昔の大工さんが特に「感性」が優れていたとか「感性」を大事にしていたとは思わない派です。
逆に「ただ考えていた」と思っています。
どう建てたらよいのかという「教科書」がなかったため「考えざるを得なかった」のだと思っています。

例えば、法隆寺のいくつかの柱が木が生えていたそのままの方位で立てられていた。生えていた時の南面を立てる時にも南面にしてある。
というのは、
「よし、とりあえず柱になりそうな木を切って削って整えた。じゃ、どっち向きに立てようかな」
と考えた時に、正解かどうかはわからないが、森に生えていた向きと同じ向きにしてみよう! ってな感じで、教科書がないから自分なりに考えてやってみたと・・・
ま、これを感性というのかもしれないけど、どっちの向きにしたらよいのかわからなかったから、とりあえずこうした。って感じではなかったかと勝手に思っているわけです。

ちょっとロマンがないですね

そして、さらに1000年ももたせようとして建ててなかったのではないかと思います。
おそらく建てるので精一杯だったのではないでしょうか。
実際、多くの現存する古い木造建築は度重なる修復を経て、いままでもってきております。

法隆寺は創建当初は貫は使われてなかったとされています。
それが、後の修復の際、中国から伝えられた貫の工法を取り入れられた。
さらに、東大寺の大仏殿や南大門には明治期の修復の際になんと鉄骨が使われております。
ちょっと悲しいですがね・・・
現在修復の真っ最中である唐招提寺金堂では明治期の修復で小屋組みに洋小屋組(トラス)の技術が取り入れられたことがわかり、ボルトも発見されました。

つまるところ、もともと何百年ももつ建物だったわけでもなく、当時の大工さんが色々考えて、修復を重ね何百年ももたされたというのが正しいでしょう。


話は変わりますが、現代で最高の腕を持つ宮大工さんがこんなことを言ってました。

「みなは伝統だなんだというが、自分としては師匠から技を受け継ごうとか、弟子に伝えて後世に残そうとか思ったことは一度も無い。僕はただ自分のできることを精一杯やるだけ。」

「修復の工事をやると、当時の大工が四苦八苦して一生懸命やったんだなと感じさせられることがある。逆にここで性根尽き果ててしまったんだな。これ以上はやらなかったんだなと感じることもある。僕は自分がやったのを将来、修復にあたった大工が見て、一生懸命やったんだな、精一杯やったんだなと感じてもらえるような仕事がしたい」

結局、そういった職人さんの心意気が修復作業を通じて、伝統として伝わっていったんだと、ぼくは勝手に思っております。


ま、難しい話は抜きにして、古建築を見て、あーだこーだ妄想を膨らますのはとっても楽しいことです。

この話にオチはありません。

あえて言うなら、古建築とエロは日本を救うということでしょうか・・・

  • kumaotoko
  • 2007年11月19日 23:08

kumaotokoさん

良いコメントありがとうございます。
考え抜いた仕事を重ねた経験の先に、身につくセンスというか。
そういうものが感性なのだと思うのです。
自分のことで言うと、ファシリテーションなどで、はじめてあった人のことなのに、「こういうところはありませんか?」と質問すると「何で分かるんですか?」とビックリされることがある。
なんで分かるのかなんて、自分でもわからないんだけれど、困っている人の役に立ちたいと思ってコミュニケーションの勉強をしている中でそういう感性が身についたようにも思えます。

古建築とエロは日本を救うと言われても・・・
これも呼び寄せあう法則か?
こうちゃんに続いて、ここでもエロが・・・
ああっ!!
法隆寺と東大寺の大仏殿の話だったのに!

クマクマとはエロ友だと思っているのですが・・・
しかし クマクマの素晴らしきコメントにはイッてしまいました! 


 

  • こうちゃん
  • 2007年11月20日 00:30

とうとうイキましたか・・・

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