2007年12月28日

保存版~風水の原点2

一流の易者についてのお話です。

一流の易者とは離れた状態になります。
ですから、正確には易者と呼べないかもしれません。
というか、易で学んだものを捨て去らなければ、一流の領域には入っていけないのです。


今日のランキングは?
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
banner_02.gif

ホームページはコチラから


コンペを開くか?
入札をするか?
あなたの理想の家を、一番安く出来る会社を探してみませんか?
まずは無料相談から。
フリーダイヤル 0120-413-262 まで
お問合せからのメールもお待ちしております。

易を追求すると、なぜ人という存在がこの地球上に生まれてきたかについての答えを求めるようになります。


なぜ、これほど多数の生命体が存在する星が存在するのか。
なぜ、生物は生まれる必要があるのか。
なぜ、人間が存在するのか?


生きていることとはどういうことなのか。
そもそも、宇宙とはなんなのか。
世界とはなんなのか。
命とはなんなのか。
死ぬために生まれて来るものなのか。


こんな疑問に行き着きます。
易では原因と結果について追求する統計学ですから。
そもそも偶然の存在など認めていないのです。
必ず必然。
存在には理由がある、と前提しその答えを求め始めます。


つまるところ、中国の易もそのように追求しますとね。
インドの哲学から流れてきたことが見えるようになってくるのです。
このインドの哲学も、どうも超古代の日本神道が原点のようなのですが。
歴史の権力者たちに、痕跡を絶たれていますので証明しようもありません。
口伝で1万年以上前から伝えられてきている継承者から聞いた部分もありますから、あながち当てずっぽうではないのですけれど。


存在の理由を追求していきますとね、これ以上分解できない、原点の追求が行き詰るポイントにぶち当たります。
それが「私」
私とはなんぞや、の世界に入っていくわけです。


私の服。
私の肉体。
私の命。


全て、「私」が主で、他のものは従属しているのに過ぎません。


お金だって、車だって、会社だって。
全ては移ろい行くもの。
変わらないものは「私」
この「私」とは何ぞや、の答えを見つけるだけで二流からはとりあえず卒業。
というか、お金をもらって見立てなどできなくなります。


そして、私とはなんぞや、を体験した人が一流と呼べる人です。
二流を卒業したからと言って、一流とは限りません。
本当の一流は、私とはなんぞや、を体験した方です。


その人の特徴をお伝えしましょう。
人を幸せに導くことができます。
あらゆる苦労を乗り越える知恵を与えることができます。
とても心がキズついている人を癒すことができます。
過去を断ち切って、前に歩いていく勇気をくれます。
その人と一緒に歩むことで生きていく喜びを感じることができます。


その人は見返りを求めません。
尽くすことだけに誠意的です。
良いことにも悪いことにも過去のことには執着しません。
今に全力を向けています。
人の幸せの為に何ができるかしか考えません。
やさしく、穏やかに話し、人を傷つけません。
「あんた、地獄に行くわよ」なんて間違っても言わないのです。


そのような「相」を身につけて、いつも平安に生きています。
「私」とは何かを知ることは、そのような生き方ができることでもあるのです。


一流になるためには、易者は易を捨てなければなりません。
過去の統計から紐解くアドバイスではなく、本質的に人のためになることを、無私で行わなければそこに到達できないことに気付くからです。


一流の易者は、易を捨てるので、正確には易者と呼べないでしょう。
易ではない入り口からその状態になれる人もいますから、易を通過しないとなれないという訳ではありません。
究極の、本物の人間と言った方が正しいかもしれないなぁ。
追求していくとそこにたどり着くようです。
まだ私はたどり着いていません。
目標を持っていることと、たどり着いたであろう師匠を持っているだけです。


あまりにまぶしいのですが、とても憧れます。
あんな風に生きたいなぁ・・・
いつも憧れてしまうのです。


ということで、究極の易は、易を手放した先にあるということですね。
易者の人には話さないでね。
ムキになって否定されるから。


今日のランキングは?
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
banner_02.gif

ホームページはコチラから


コンペを開くか?
入札をするか?
あなたの理想の家を、一番安く出来る会社を探してみませんか?
まずは無料相談から。
フリーダイヤル 0120-413-262 まで
お問合せからのメールもお待ちしております。

//-->

コメント

自分では何の労も行わずに、読ませていただいちゃいました。
大変なご苦労の末に たどり着いたことだというのに・・・
授けていただいた代償は大きそうですね。
私も、周りを幸せにする努力を始めます。まずは、隣にいる家族から。

  • もみの木
  • 2007年12月28日 11:51

究極の易は 易を手放した先にあるとは思ってもみなかったです。

  • こうちゃん
  • 2007年12月28日 18:52

もみの木さん

いいですよ。
これくらいのことでしたらいくらでも持っていってください。
お安い御用です。


こうちゃん

これはですね。
入り口が違っても、いつか道を究めていくとひとつの結論に至るってことでもあるんです。
万道帰一と言っても良いかもしれませんね。(造語)
あらゆるところから真実を追究し始めても、私とはなんぞや、に至ってしまうようです。
真剣に何年間も求めれば、の話ですけど。
ほとんどの人はそこまでしませんから、なかなか行き着かないのですけれど、やっている人はそもそも何で生きているんだ?って思い始める。
理由を追求すると、命とか私とかって何だ?に行き着く。
答えを求めていくと、イベントの意味も理解出て着てくるし、必要な時に、必要なアドバイスを提案できるようになってくる。
異論もあるでしょうけれど、私の経験上はそんな風に分析しています。
良い子育ての方法は、子育てを手放した先に見つかる。
夫婦の関係を良くするには、相手への執着を手放した先に答えがある。
仕事を成功させるには、結果を求めることを放棄した先に方法が見つかる。

こんなイメージで考えてみるとヒントを見つけやすくなります。
ご参考まで。

どうやって手放すことすら分からないでいます・・・

  • こうちゃん
  • 2007年12月30日 10:08
comment form

(マイホームコンサルタント・ブログ にはじめてコメントされる場合、不適切なコメントを防止するため、掲載前に管理者が内容を確認しています。適切なコメントと判断した場合コメントは直ちに表示されますので、再度コメントを投稿する必要はありません。)

comment form