2008年02月20日
契約トラブル その拾壱
ナカタがやってきた。
菓子折持参での訪問だった。
タカシたちは何とか今回の話し合いで終わることを願ってはいたが、楽観的にはなれなかった。
初めて感じる不安がべったりと心に張り付いていたからである。
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ナカタは謝罪してきた。
「このたびは期待を裏切る結果になってしまいまして申し訳ありませんでした」
深く頭を下げた。
がしかし。
すぐに頭を上げた。
(・・・・・?)
タカシは奇妙の違和感を覚えた。
相手が頭を上げた瞬間である。
(この人申し訳ないと思っていないのではないか?)
自分は粗探しをしているのかもしれない。
胸奥に現れた違和感を感じつつ、ナカタの言葉を待った。
ナカタ「このたびは本当に申し訳ないことになってしまいました。業務の至らないところでご不安を与えてしまいまして、会社として反省しております」
タカシ「はい」
ナ「今までシモヤマとウエダがお話してきたと思いますが、今後は営業部の責任者である私が直接対応させていただきます。何かと回答までの時間がかかるようではご迷惑をさらにおかけしますし、なんとか事態を早く収束させたいと思っております」
タ「はい、よろしくお願いします」
ナ「それで今回の問題ですが、契約前にいろいろご希望を伺っていたものが、予算の中で反映されない内容だったことが後になってわかったということでした」
タ「はい、その通りですね。こちらは予算の中でできるものだと認識していましたので、あれほどの追加は到底容認できません」
ナ「そうですか。タカシさんたちが希望されていたものはどのようにしてウエダの方に伝えていたのでしょうか?」
タ「打ち合わせの中で近所の家の外観を例にしたり、キッチンのコマーシャルを見てあんなふうにしたいといったり、こちらがイメージしていることができるかどうかをその都度お伝えしていたのですが」
ナ「そうですか。なにか具体的な写真とかカタログで話していたわけではないのですね」
タ「はい、そういうものはこちらの手元にもありませんし、相手はプロの方ですからわかって下さっているものと思っておりました」
ナ「そうですか。そこでお互いに思い違いがあったのですね」
ヒロミが珍しく口を開いた。
ヒロミ「ナカタさん。こちらはプロじゃありません。希望を聞いてもらって“できる”と言われればそのように考えますよ。その間に確認が必要だったらちゃんと資料を準備して見せていただかないとわからないですよ」
ナ「そうですね。きちんと理解してもらうためにそのようにしなければならなかったのはこちらの責任です」
責任を認めた!
タカシとヒロミはこれで問題解決できるのかと期待した。
ナ「しかしですね。大変申し訳ないのですが・・・」
しかし・・・?
ナカタは言葉を続けた。
ナ「全てお客様の言うとおりの物を使うのが難しい状況です。設備や外壁は確かに選んでいただけるようになっておりますが、常識的に見て当然割高になるのはわかるような仕様を選ばれています。多少の追加であればこちらも全額負担させていただきたいのですが、今回の要望はあまりにも追加金額が大きく会社で全て負担するのは難しいと考えております」
タ「こちらが追加金額の負担をしなければならないと言うことですか」
ナ「それを相談しに来たのですが・・・」
タ「それでは前回の打ち合わせと変わらない内容ですよね。先ほど責任を認められましたので負担してもらえるのかな、と一瞬期待したのですがそうではないのですね」
ナ「ですからご相談に来たのです。先日のお話では20万円~30万円の追加はしょうがないと聞いておりましたが、もう少し何とかご予算を見ていただくわけにはいきませんか?」
タ「こちらも予算の上限ですから、それを超える支払いは考えておりません。何回か同じ話はしていますがご理解してもらえないのでしょうか?」
ナ「いえ、それは重々承知しておりますが、正直なところ、全てを飲み込みますと赤字になってしまいます。せめて経費的に利益は出ないまでもとんとんのところまでご負担をお願いできないかと思いまして」
タ「それはそちらの都合ですよね」
ナ「その通りです。申し訳ないのですが会社の都合です。
しかし、注文をするということは受けるこちらにも責任がありますが、注文をするお客様にも責任があるのです。わからなかったからこちらが全て負担しなければならないという社会的なルールもないのも現実です。
確かにトラブルになってしまったのは残念ですが、そのことによってタカシさんとヒロミさんも自分たちの要望していたものがどれ位の品質のものであるのか、今はご理解できていると思います。
案内不足の責任はありますが、その上でもう少しご負担をお願いできないか相談させていただきたいのです」
タカシは考え込んだ。
確かに一理ある。
納得はできないが、向こうの言い分にも多少の理があるのは間違いない。
だけど納得できない。
こちらの予算の上限を超えるものを「できる」と答えておいてその結果が「やっぱり負担してください」では済まないだろう。
タカシが答えた。
タ「会社のお考えはわかりました。それで具体的にはどのくらいこちらが負担することを希望されているんですか」
ナ「会社の希望としては先日シモヤマが提示した金額が希望です。しかし、それだけ払えないと言うことであれば、どのくらい払うことができるのか教えていただけますか?」
タ「こちらの希望でいいんですか?」
ナ「はい。お聞かせ下さい」
タ「夫婦で相談しなければならないので、即答できないのですがいいですか?」
ナ「結論が出るまで待ちますので、ご夫婦でじっくり考えた結果をお聞かせ下さい」
ナカタは帰って行った。
タ「結局、うちにも責任があるということかな」
ヒ「そうみたいね。納得いかないけど」
タ「僕も納得いかないよ」
ヒ「どうする?」
タ「弁護士の無料相談に行ってくるよ。契約に関するトラブルでどういった解決例があるのか聞いて来る」
ヒ「良いアドバイスをもらえると良いね」
タ「そうだな。まずは相談してからだね」
ヒ「うん」
タカシはテレビをつけた。
ドラマをやっていた。
子供がトラブルを起こしたらしい。
その子の父親が迷惑をかけた相手の家に行って謝っている。
どこにでもいる労働者風の親だ。
子供が横に立っている。
うつむきながら、横目で親の姿を見ている。
自分の過ちを謝っている親の姿。
ずっと頭を下げたままだ。
ずっと。
まだあげない。
あげない。
そのままだ。
「わかりました。どうぞ頭を上げてください」
謝罪を受け入れた瞬間だった。
謝る。
ただひたすら謝る。
許してくれるまで謝る。
父親の姿は誠実だった。
ドラマの中ではあるが、お互いの心情が伝わってきた。
脚本も監督も素晴しい、率直に思えた。
!
先ほどのナカタの姿を思い出した。
自分が感じた違和感。
許していないうちにナカタは頭を上げたんじゃないのか?
そうだ。
自分は許していない。
この問題が起きたことについて、解決もしていなければ許してもいない。
ナカタのお辞儀は、こちら許しを請うものではなく、表面的なものでなかったのではないか?
直感が肯定していた。
タ「ヒロミ、このドラマ見ていて感じたんだけどさ。ナカタさん頭下げていたけど謝っていなかったんじゃないか?」
ヒ「どういうこと」
タ「いやね、こちらが許してもいないのに頭を上げるのって謝っていないんじゃないかと思ってさ」
ヒ「ドラマの話でしょ」
タ「さっき頭下げられた時になんか変な感じがしていてさ。自分でもわからなかったんだけど今ドラマ見ていて気が付いたんだよね。あの人心から自分たちに謝っていなかったんじゃないかってさ」
ヒ「そう言われればそうかもしれないけど、ビジネスなんだからそんなものでしょ」
タ「そうかもしれないけど、納得できないよな。こっちだって感情持っている人間なんだからさ」
ヒ「確かにね。私は別に謝罪よりも追加料金が発生しなければ構わないと思っているから」
タ「・・・・・・」
女性は極端にリアリストになることがある。
結婚してもこのなぞは解けない。
今回のトラブルでは、ヒロミよりもタカシの方がウエットだったようだ。
一理あるがそれもちと淋しい。
家作りにロマンを持ちすぎていたのだろうか?
そんなことを一人考えている場合ではない。
解決までの台本は白紙状態だ。
夫婦での相談事項を頭の中でまとめ始めた。
________________________
ナカタは車中で今日の商談に90点の点数をつけていた。
支店長にも胸をはって報告できる内容で帰ってこれたと思っていた。
当然、支払えない、と回答してくるのはわかっているが、会社の主張はきちんとしてきた。
後はこちらが歩み寄ったと誰からも評価される結果になるだろう。
120万円の原価が赤字になるわけがない。
工務店なら1500万円で建てられる家を2000万円で売っているのだ。
ブラフであれ情報を先に伝えることで、客に対して恩を感じさせる狙いもある。
とにかく、一応会社の体面を整えるための布石は打てた。
後はいつもどおりのシナリオだ。
ウエダは来年、集客の悪いモデルハウスの担当になるだろうが、一度は洗礼を受けておいたほうが良いだろう。
(今日は飲んで帰ろうかな)
(カナちゃんの胸、どうやって触ろうかな)
行きつけの店に入った新人にタッチするまでのシナリオを考えていた。
ハンドルを持つ手にはロレックスが光っている。
業界20年のナカタは、仕事から私生活に頭を完全に切り替えていた。
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- by
- at 08:45
コメント
どうなっていくんでしょ~
うちの奥さんは「これ呼んでいると気分が悪くなる」とコメントしていました。
「家建てる気持ちがなくなる」らしいです。
逆効果なのでしょうか?
キャラクターが勝手に動き出していますので、私自身もどうなるのかわかりません。
楽しみですね。(他人事)