2008年05月25日

選択 Ⅸ

日が明けて。

平凡な男と会った場所までやってきた。
朝目覚めてすぐに出てきた。
繁華街の外れの路地は人気がなかった。


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(たしかここだったな・・・)
昨日の場所はすぐにわかった。
着いたと思った途端、後ろから声をかけられた。
「いらしてくださったんですね」
いつのまにか平凡な男が立っていた。


「あなたは昨日以上に本当のことを知りたがっていますね」
「なんでもお見通しなんだな・・・実はそうだ。気になってしょうがなくて今日も来てしまった」
「それは当然の話です。人間本来の役割のひとつですから」
「本当のことを知ることが人間の役割・・・?どういうことなんだ?」
「生物、無生物に関わらず、宇宙に存在するものには全て役割がある。あなたが理解できようとそうでなかろうとその事実は変わらない。太陽からチリひとつに至るまで全ての存在には役割が伴います」
「人間の役割のひとつが、本当のことを知る、ことだと」
「その通りです」
「知るだけでいいのかい?」
「知ることは認識すること。行動のきっかけになります。知ると同時に行動しなければいけません」


「何を知って、何をすればいいんだい?」
「因果を追求することが基本となるでしょう。なぜ、あなたが生まれてきたのか?その原因を追求することが基本です」
「それを知った上で行動するということかい?」
「きちんと追求を行えば行動はついてきます。本当の知識は行動を喚起します。意識せずとも行いに移さざるを得ない力を持ちます。だから、行動を見ればその者の知識の程が知れます」
「わかった。それは良いとして、どうすればその”本当のこと”を知ることができるんだい」
「あなたの中には”本当のこと”を知るための障害がある。これを払わなければ知ることはできません」
「そんなものがあるなんて思わないけどな。教えてくれればそれなりに理解するように努力する気持ちになっているから、出し惜しみをしないで教えて欲しい」
「出し惜しみではなく、芯にまで染みていかなければ意味がないんです」
「芯にまで染みないとはどういうことなんですか?」


「知識というものは、外にあるものではない。外からの情報を取り入れることを知識と考えている人間が多いが実は違う。中に既に存在し、眠っているに過ぎない。全ての人間は多くの知識を眠らせたままにしていることに気付いていない」
「それはおかしいだろう。見たことも聞いたこともないから勉強して覚えていくんじゃないか。経験したり本を読んだりして記憶していくのが知識だろう?」
「思考や知識はこの宇宙には既に存在しています。人は本や経験を通して発見しているに過ぎない。人間は自己を中心として数十年の経験で物事を見る。広い視点から見れば何のことはない。全て既存のものだ。人類の中で初めて発見したからといって、その者が作り出したものではない。既に全てはある。だから何かを知ったとしても、それは全て気付きといえるし、勉強は気付きにいたるひとつの手段と考えても良い」
「勉強や経験で知識を詰め込んでいるわけではなく、実は既に知っていることに気付かされるだけっていうことなのかい?」
「その通りだ。あなたの中に全てがある」
「何があるかは知らないけれど、気付くことでそれを知ることができる、ということなのかい?」
「その通りだ。知らないことを無知、無明といい、理解することを気付き、悟りと言ってもいい」


「悟りと来たか・・・宗教をやるつもりはないんだよね」
「悟りはひとつの状態の呼び名に過ぎない。真実を追究すればいつか同じ通過点を通る。宗教で至る者もいれば、宗教によらず至る者もいる。宗教はきっかけ、手段のひとつに過ぎない。真実を行うことが大切であり、どの宗教が正しいとかそういう問題ではない。行いに真実があれば、気付くことができるし、なければできない」
「宗教は役に立つのかい?」
「それはわからない。人による。あなた次第だ」
「なんでもおれ次第なんだな・・・行動に真実があるとかないとか・・・それでどうなる?」
「芯に染みる状態を作ることができる」
「知るための障害を払うことができるっていうことかい?」
「そうです。あなたが真実を知るための障害をなくすことがまず大事なのだ。それ無しに先には進めない」


意味はわからないが、多分言っていることは本当なんだろう。
それは感じる。
何でも全部自分の中にあるが、あることにさえ知らないままでいると言っているのだ。
真実を行えば、知ることができるようになるというが、どういう意味なのかわからない。
まず最初はそこなんだろう。
真実を行うってことはどういうことなんだ?
男は自分が無知であることに始めて気付いた。
どうにかしてこの平凡な男からその知識を与えて欲しいと思うようになっていた。


「真実を行うということはどういうことなんですか?」
男の言葉は敬語に変わっていた。
「真実を行うということは、宇宙の法則に合った生き方をするということです」
「それはどういう生き方なんですか?」
「法則に従えば調和している。病気の者は健康状態に不調和が起きている。経済的に困っている者は社会的な不調和を起こしている。争いが絶えない者は人間関係で不調和を起こしている。不調和の原因を追求すると、宇宙の法則に行き着く」
「調和していれば法則に合っている。不調和であれば法則に合っていない。そういうことですか?」
「そういうことです」
「では、法則とはどのようなものですか?」
「道徳、愛、真実、そのような呼び方で言われています」
「道徳も愛も真実も違うような気がします。同じなんですか?」
「言葉は不完全であり、物事の一面しか説明できません。言葉は違えども、矛盾しません。道徳のない愛は存在しないし、真実のない愛も存在しません。真実には道徳が伴うし、愛ある行為には道徳と真実が同居します」
「そういうものが存在しない行動では、何かが不調和になるということですか?」
「その通りです。原因と結果ですから、道徳や愛のある行為を行いますと、調和がもたらされあなたの苦しみはひとつひとつなくなっていくでしょう」


「道徳や愛なんてどのようにしたら良いかわかりませんし考えたこともありません」
「あなたはそれを知りたいですか?」
男は躊躇した。
知りたいのは山々だが、知ることで後戻りできなくなるような不安に駆られたのだ。
知りたいけれど「知りたい」と素直に言葉が出なかった。
それによって自分の打算に気付かされた。
絶えず自分の中は損得で支配されている。
損か得かで行動を決めているのだ。
さっきの問答に当てはめて考えてみる。
損得の中に道徳はあるか?
愛はあるか?
真実はあるか?
答えはすぐにわかった。
損得の中にはそれらはない。
損得の中にあるのは自分の欲求だけだ。


「気付かれましたか?」
平凡な男に声をかけられて、我に帰った。
「自分は今まで損得で動いてきましたが、その中には道徳とか愛はなかったと思います」
「素晴しい気付きじゃないですか。まさにそれが真実の知識です」
「世の中にはたくさんの病気の人や、いろんな問題で困っている人がいます。それらの人たちは本人が悪いからそんなふうになっているんですか?」
「それは少し違う。どうしても役割があるから、そのような状態の人たちはいなくなりません。私との出会いであなたはこれからの行動を選ぶことができるのはわかるでしょう。道徳的な行為をするのも、しないのも本人が選ぶ問題です。本人がその事実を知らずに、法則に合った生き方ではなく、好き勝手な生き方を選んでいたとしてもそれはやむを得ません。法則を知らずに死んでいく人間のほうが圧倒的に多いのです」
「どうして教えてあげないんですか?」
「法則に合った生き方よりも、自分の好き嫌いで生き方を選ぶ方が楽ですから、人間は好き嫌いで決めるのに慣れきっています。それに先ほど言ったように障害があるため、聞いてもそれと気付かず聞きとめることもできません」
「なんで障害があるのに気付かないんですか?」
「あなたと同じだ。困ることで原因を追究する人間が出てくるし、その中から障害の存在に気付く人間も出てくる。生活や病気で困っていない人間が関心を持つことはほとんどありません」


「どのようにすればその障害を取り除くことができるのでしょうか?」
「障害は心を染めています。水に垂らした絵の具のように。一度ついた色を取り除くには、あなたならばどのようにすれば良いと思いますか?」
「色のついた水を元通りにする・・・?浄水器に通すとか・・・そんな方法はありますか?」
「人間社会の器械のようにはいきません。方法は二つあります」
「方法があるのですか?」
「あります。あなたに信じる準備があれば教えますがどうしますか?」
「信じていなくても、準備があれば教えてくれるということですか・」
「はい。言い換えれば覚悟。信じる覚悟があれば教えて差し上げますがどうしましょうか?」


男は即答できなかった。
損得で物事を考える悲しい習性のせいなのか?
信じる準備とは、信じる覚悟という意味だという。
覚悟があるかと聞かれて答えられなくなった自分がいる。
平凡な男は、どこにでもいそうな表情のまま自分の顔を見つめているが、視線は合わせずにこちらの答えを待っていた。
風景は消え、平凡な男の姿を見つめ続けていた。


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コメント

素晴らしいです。

  • こうちゃん
  • 2008年05月26日 21:17
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